新宿の左目

武盾一郎・吉崎タケヲ・山根康弘 合作 / 西口地下広場(参照)
1996年1月24日、東京都による新宿西口ホームレス強制排除でも生き残った代表作。
新宿西口地下道段ボールハウス絵画と言えば「この絵」だと言っても良い。
「ヤマネ」が「新宿の左目」と言葉にした。その言葉のイメージで三人同時に描き出した。
夜通しのライブペインティングだ。三人のバトルだった。このペインティングバトルのテンションはギャラリーが出る程だった。
西口のロータリーをはさんで向いに「新宿の目」という右目だけのモニュメントがある。オレたちの描いた絵は「左目」だ。
ちょうどいい。これで対になった。新宿の地下道に巨大な両目が出現したのだ。地下道はこのクソ日本に牙を向く魂を持った生き物となったのだ。
念のため言っておくが「新宿の左目」の「左」は別に「左翼」の「左」なんかではない。60年代を引きずっているチンカス団塊オッサンども、誤解しないでくれ。オレはお前らみたいなクズではない。
そうそう、ちょっと不思議なことだが、この絵が出来上がった時「この絵がなくなる時がこの村が終わる時だなぁ」って漠然と思った。
強制撤去でも生き残った「新宿の左目」は地下王国のシンボル的な存在となって君臨し続けたのだ。
そして1998年2月の大火災。
水浸しになった「新宿の左目」は東京都に破棄され、同時に村もなくなった。
「新宿の左目」は、本当に段ボール村と共に死んだのだった。
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